2014年4月5日土曜日

【落ちこぼれ芸大生がペルーで絵描きはじめました。】


私は、福岡の芸術学部のある大学に4年間通った。


授業でデッサンや絵を描くことはあったけど、4年間、自主的に1枚も絵を描かなかった。


描かなかったんじゃなくて、描けなかった。何を描いていいのか分からなかったし、描きたいものもなかった。


絵の展覧会にも1度も行かなかった。
絵を観ても何がいいのか、何が悪いのか、全く分からなかったから。


その当時の私は、
外に答えを探して、自分で“感じる”ことができなかったんだ。



キャンパスの前に座っても、誰かが描いた絵を見ても、
何がいいとか、何が悪いとか、常識的には、普通は、みんなは、という言葉ばっかり頭に浮かんで、自分の心がどう動いているか、感動しているか気づけなかった。うまいや下手を気にしていた。



キラキラしてみえる、アートディレクターの世界や有名なプロデューサーにばっかり憧れていた。




外ばっかり気にしていた。




だけど、本当は、ただただ沢山、沢山、絵を描きたかったし、絵を観て感動したかった。



それだけだった。




大学を卒業して、4年がたった。
卒業した時、絵はもう描くことはないだろうと思っていた。



でも、私は今、旅をしながら絵を描いている。


絵を描いている それだけで私にとって奇跡みたいだった。



自分ととことん向き合って、自分のことが大好きになった今、




描きたいものが溢れ出している。
自分をいっぱい感じながら、下手くそでも、そんなの関係なしに、
無我夢中に沢山沢山描いている^ ^



描いていると幸せが溢れてくる。それを全部全部絵にのせたいと思う。



うまい、下手はいまはもう何もきにならなくなった。







「希望だけを描こう。」




それだけを心に決めて。



ある日、peruの公園で地面に座っていつもみたいに幸せな気持ちで絵を描いていたら、


紳士的なおじさんに話しかけらた。


「公園じゃなくてカフェで描けばいいのに。」


カフェへ着いて行くと、お茶を出してくれて、テーブルで絵を描かせてくれた。


そしておじさんは言った。


「きみの絵をこのカフェで売ってみないか?」


おじさんはカフェのオーナーだった。


私にとって何だか、嘘みたいな奇跡みたいな出来事だった。



それから、路上で描くたびに、
「その絵を売ってくれないか?」
と声をかけられる。


ホテルの壁画も描かせてもらえるようになった。


小さな村のカフェでライブペイントを約束した。



絵から始まった、何だが嘘みたいな奇跡みたいな日常。




やっぱり外に答えなんて何にもなかったんだ。素晴らしいインスピレーションも、混じりっ気のない描きたい。表現したい。という感情も、全部自分が持っていた。

外の評価ではなく、自分の感じることを大切にしたら、描きたいものもはいくらでもあった。

素晴らしいバイブレーションの絵をみたら嬉しくなる。泣きそうになる。

私は絵が下手くそ。それは何も変わりないけど^ ^笑



今ならむかしの私にエールを送れる。


むかしの私みたいな絵描きや音楽家、表現者にエールを送りたい。



「自分をいっぱい満たして。いっぱい感じて。外に答えは何もないから。表現者はあなた。世界は奇跡で溢れている。」


私も下手くそな希望の絵を描き続けます。


be happy!


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